積読家の逆襲

私以外の人が書きえたものなんて無意味なんじゃないか.

読んでいない本について語る

 本が届く.目次や気になるところだけさっと目を通す.棚の空いてるところに適当に置く.基本的にこの繰り返しで私は買った本をほとんど読まない.それゆえに書評なんて大層なものは書くことができない(実はこのブログを作ったときに書評を書こうとしたのだが身にあまる壮大な構想を練ったせいで未だに下書きに保存されたままである).でもそれじゃあ困るんだ,何か記事を書こうとしているのだから.世に溢れる「つれづれなる日常」なんて書き散らしてたまるか.

 

 そうか,読んでないということを明記した上で本について語ればいいのではないか.それによって私なりに本と関わってきたことが顕在化できるのなら少なくとも私にとっては無益なことではない.今更本を読んでこなかったことを反省しても仕方ないし,本を読んだ上での書評は賢人にまかせておこう.

 

 さて,記念すべき最初の記事は何にしようか.このようなコンセプトで「書評」をするにあたってお誂え向きの本がある.ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』(大浦康介訳)である.まさにこの本を読んでいない私がこの本について堂々と語ってみようではないか. さしあたり Amazon のレビューを見てみるとこの本はタイトルから想像されるようなハウツー本ではなく本と向き合うということについて著者が真摯に向き合った考察であるらしい.ふむ,これを読めばさっき適当に書いた「私なりに本と関わってきたことを顕在化」するという行為も正当化できそうだ.内容について語るのはコンセプトから外れるので(というより語れないので)リンクの Amazon の紹介およびレビューなどを参照されたい.

 

 別に今この本をワールドワイドウェブの大海原から探し出してきたわけではない.私がこの本を知ったのは大学生協の書籍部・ルネである.新刊のコーナーを見ていてこのキャッチーな本の題が目にとまったということは覚えている.しかし内容についての記憶はないのでぱらぱらと立ち読みしてその場を去ったのだと思う.発売は 2008 年で新刊コーナーにあったことからして私が大学一回生のときの出会いということになる.現在ルネがある建物は 2012 年夏に改装されたもので (ちなみに 2012 年に改装されたという認識も私の本に関わる記憶に依っている.改装直後の仮設店舗の新刊コーナーでジョルジュ・カンギレム『科学史・科学哲学研究』(金森修訳)の新装版に出会ったことを覚えているのでその発売日を確認したのである.当時入門書を数冊読んだだけで科学哲学の概要を分かった気になっていた(馬鹿だ)私は,「これを読まずして科学哲学を語るべからず」とでも言わんばかりの "カン様" の顔が表紙に印刷されたこの本およびこの本の目次を見ても何の話かさっぱりわからなかったという事実に衝撃を受けた).今よりも売り場面積が広く開放感とともにどことなく昭和の香りが漂っていた当時のルネの空気感が思い出される.よほどの本でない限り衝動買いはしないので気になる本は Amazon のリストに放り込んでいるのだがこの本はかなり頭の方にあって随分長い間中古品が値崩れしないか見守っていることになる.履歴を見る限りリストを作ったのは 2012 年だ.つまり,出会ってから四年間ずっと意識の片隅にあり続けた結果真っ先にリストに入れられて,その「外部化された意識」の片隅に更に 2 年以上のさばり続けていることになる.入学以前に気になっていた本で手をつけていないものはないと思われるので「腐れ縁」と言うべき関係を構築している本があるとしたらこれくらいではないか.なんだか入学時にサークルの新歓で出会ってメアドを交換するわけでもなくお互いそのサークルに入ることもなく親交が深まることはなかったけど定期的に構内で鉢合わせてとりとめもない会話をして卒業式でも一緒に記念撮影したりして向こうが就職してからも特に連絡してなかったのに共通の知人を介した飲み会でまた巡り合ってしまう知り合い以上友人未満の人みたいな.ここまでくると今更連絡先を知る気にもならないし,この本についても今更新品を買って読むのは完全に負けだという気がしてくるものだ.しかし今回レビューを読んでたらやはりとても面白そうなので今が買い時のような気もする.

 差し詰め言うことがあるとすれば,当時この本について何も語れなかった私だが出会いから 6 年間でこの本について語る枠組みを得ることができたようだ.

 

 人は読んでいない本について語ることができる.そして読まれた数だけではなく読まずして語られた数もまたその本を偉大たらしめる.私が本をものす僥倖に巡り合えたとしたら,まず何かしらの形で存在だけでも知ってほしいしあわよくばふとしたきっかけて手に入れて本棚のどこかしらに少しの時間であっても居場所を与えてほしい.そしたら読まなくてもいいし売ってしまっても(借り物なら返しても)いい.本は私にとってそういうものだ.

読んでいない本について堂々と語る方法

読んでいない本について堂々と語る方法